◆HMVスプリングモーターに関する考察

HMV製のスプリングモーターは、高信頼、高耐久品として知られていますが、 意外とその詳細についての記述がありません。 そこで、私の知りうる範囲で仕組みや整備について書いてみようと思います。 ここで紹介する機械はビクターと共通部分が多い、No.32型で、 2丁ゼンマイ、メータータイプのスピードレギュレーター付きです。 ◆ゼンマイの駆動について この機械は1つの香箱に2本のゼンマイを入れてあるタイプで、2本のゼンマイは一見逆向きに 巻いてありますが、実質は2本が直列になっています。 モーターボードを取り外して動きを観察した事がある方はご存知かと思いますが、 巻上げ方向も、開放方向も同じ方向に廻ります。普通に考えると実に不思議です。 さらに2本のゼンマイを巻き上げるにもかかわらず、巻芯は連結されているわけではありません。 しかも巻上げギアは片側にしか着いていません。 (下段パーツ構成図参照)
同形式の4丁ゼンマイバージョン(取扱説明書 モーターメンテナンスより)
パーツ構成概略図


ではどのようにして稼動しているのかを説明します。

ワインディングキー(クランク)を廻すと、中間ギアを介してゼンマイ1を巻芯が巻き上げます。
やがてゼンマイ1がある程度巻き上がると今度は香箱を引っ張って回転させ、ゼンマイ2自身が回転
して巻芯に巻きついていきます。ゼンマイ1と2はこの様に巻き上げ方が異なります。
(ゼンマイ1→巻芯が回転して巻き上げる  ゼンマイ2→香箱が回転して巻き上げる)

開放はゼンマイ2の巻芯側からから始まります。
ゼンマイ2が開放されていくと、今度はゼンマイ2が香箱を引っ張り、(香箱内面につっぱってくる)
ゼンマイ1を香箱側から開放していきます。
(香箱の回転に伴ってゼンマイ2も巻芯と一緒に回転する事で動力を伝達する)
回転の様子を観察するとわかりますが、最初ゼンマイ2の巻芯のみが回転していますが、
やがてゼンマイ1の開放が始まり香箱ごと回転しだします。

この様なやや複雑な動作をするため、このスプリングモーターは巻上げも開放も同方向に
回転する訳です。
この構造を頭の中で空想しても中々ピンと来ないかも知れません…紙で図のような簡単な模型を作ると理解
できると思います。



◆実際のスプリングと交換作業
スプリングが切れたり、著しく疲労している場合は交換作業が必要となります。
スプリングは現在私の知る限り入手困難です。eBayや海外のサイトでも一頃のような取扱いが
無く、ほとんどの場合時期入荷未定になっているようです。
日本のオークションでも時折出品されますが、「それが使える物なのか?」は多くの方が抱える
疑問と思います。No.32型に限って言えば、以下の条件であればほとんどの場合使用できると
思います。

幅32mm 厚さ0.6mm前後 長さ4100mm前後
先端(中心)タブ、後端フックタイプである事。
ちなみに香箱(ケース)は外径約100mmです。

幅についてはかっきり32mmの必要がありますが、厚み、長さは多少の許容はあると思います。
但し巻き回数やトルクの出方や稼働時間は変わると思われます。

予算に余裕があれば、スプリングの専門工場などで特注する事は可能です。
古いスプリングを持ち込んで、同等のものを製作してもらうのが一番良いでしょう。
また、材質も当時と違い、様々に改良されていますので、より良いスプリングを作ることも出来ると思います。

スプリングは針金や専用の金属バンドで巻いてあるため、直径から長さの判断は難しいです。
古いストック品などは実際に使用する直径より小さく巻いてあるようです。(ですので当然巻きの厚みが
厚く感じられます。)元箱などがあって、データの記載が無い限り長さの確認は無理かと思います。
従って長さについてはある程度賭けになります。最も極端に長さが違わない限り、それ程問題は無いと思います。
又、巻芯が納まるセンター部分については焼きなましてありますので、少しくらい径が合わなくても修正出来ます。
巻芯が入るように整形し、組上げて一度巻き上げれば巻芯にぴったり合う形に収まります。

海外で紹介されているものは型番がRef 3575という物です。
"A"が付く3575Aはいわゆる「ダルマ穴」での固定ですのでHMV機では使用できません。

交換作業については、スプリングが「ガシャ〜ンッ」と飛び出すとか、やたらに大袈裟な記述が目立
ちますが、まぁそこまでえらい騒ぎのことではありません。下の写真でもお分かりのように私はこの
HMV156の手前の空間だけで入れ替え作業をしています。半畳くらいのスペースです。
新聞紙で言えば2枚分くらい。さらに言えば全て素手で作業を行います。どうも手袋は嫌いで、余程
危険が伴うと判断しない限り手袋は普段も使いません。感覚が鈍るのが非常に嫌なのです。
もちろん少なからず痛いですけど…

ウォッチ用のゼンマイなどは専用のゼンマイ挿入器があります。香箱の直径より幾分小さく巻上げ、香箱に
すぽっと押し込むような道具です。各香箱のサイズに対応できるようなセットになっています。
これの大型版を作ればもっと簡単にゼンマイ交換が可能になると思っていますが、まだ試していません。
蓄音器全盛の頃、メーカーで製造するときに手でゼンマイを押し込んでいくなどと言う効率の悪い事を
していたはずが無いんじゃないかと思います。ぜったい専用の冶具や工具があった筈。と思いませんか?


☆実作業
各々の責任において作業を行ってください。怪我、事故なども起きないとは言い切れません。日頃から
自動車、バイク等の機械物をいじっていたり、DIYをされてる方にはそれ程難しい作業ではないと思います。
逆にそういった作業を普段しない方は十分な準備と検討をして下さい。
(個人的にはイメトレって結構大切だと思います)


用意する物 厚手のダンボール(40cm四方あれば) 周囲を汚さない配慮(スプリングにゴミが付くのも
防ぎましょう)マイナスドライバー(大小) 

香箱を取り外す要領は結構紹介されていますので割愛しますが、慣れれば30秒の世界です(笑)
大切な事は完全にスプリングを開放しておく事。ターンテーブルが止まっても、残っている事が多いです。
必ず順方向にターンテーブルを回して開放をしておきましよう。どれだけ回しても構造上支障はありません
ので、安心して回してください。(通常10〜20周で良いと思います。スピンドルを回して、ギアと香箱が一緒に回転
していれば多分大丈夫。時折香箱が止まるようなら残っている可能性があります。)
スプリングが完全に緩んでいないと、香箱のメインシャフトにテンションがかかって抜く事が出来ません。
又、開放が不完全でムリに抜くと抜けたとたん瞬時にバッシャっと空回りして危険です。ギアも破損しかねません。
本来スムーズに抜けるはずなので、抜けないときはスプリングの開放が完全でない事を疑ってください。


取り出す要領

香箱蓋をはずす
香箱の両側のギアは特に止めてある訳ではないのでスルリと抜けます。蓋を押さえているワイヤーをマイナスドライバー
などで抉ってはずし、さらに蓋の端の隙間を上手く使ってはずします。

スプリングを抜く
スプリングの中央部分を引っ張りますと全体の1/3程度がガサっと飛び出します。(手で引っ張れます)ここでの注意は
ビックリしてあせらない事。大丈夫です。しかし、香箱がスプリングの力ではじかれて回転しようとしていますので、
出した側より香箱側に注力して下さい。香箱から手を離すと振り回された香箱が吹っ飛びます。
注意しながら香箱を寝かせて、ダンボールなどの敷物に置きグッと押さえつけながら回ろうとする方にゆっくり回します。
そうすると中からスプリングがでてきますので、出てきた分を上手く捌きながらゆっくり取り出していきます。
(左手で香箱を押さえながら回転させ、右手でスプリングを捌く感じでしょうか…(右利きの場合))
最後まで出たらフックをはずして(引っ掛けてあるだけですが、スプリングを大きく弓なりにしないとはずし難い)
完全に抜き出します。

セパレーターをはずして奥のスプリングを同じ要領で抜き出します。最後の方の処理が1本目より少々大変かもしれません。
セパレーターは香箱のフック部分が切り欠きになっています、表裏はありません。


2本のスプリングは違う物が入っていました。すかっりヘタっている方がHMVの純正品で、銘が入っています。 上に乗っているのは30cmの定規、おおよそのサイズがわかると思います。 もう1本はまだまだ十分使用できる状態。156本体と比べると広がったときの径が良く判ると思います。 香箱の中のフックは2本のリベットでしっかりと固定されています。巻きの方向云々の記述を見かけますが、 まず間違える事は無いでしょう。 巻の径である程度スプリングの状態は判断できますが、必ずしも巻が小さいからと言ってヘタっているとは限りません。 それはスプリングの特性のがあるからで、設計、製造段階で幾らでも変わります。広がりが大きくてもフニャフニャな ものもあれば、小さくまとまっているようで目茶目茶強いものもあります。香箱にセットする作業を行えばすぐに判ります。 香箱、ギアなどを灯油などで洗浄します。スプリングを再利用する場合はスプリングも洗います。 (新品のスプリングも一度洗う事をお奨めします) 洗浄後、しっかり乾かしグリスを塗りこみます。香箱の底面、内壁、スプリングにも手で塗りこみます。 スプリングをセットする 奥のスプリングから入れていきますが、注意事項は「香箱の底面ぴったりに入れる」に尽きます。 スプリングのフックを香箱に引っ掛け、スプリングを丸め込んで香箱に「押し込み」ます。何と言ってもフックに掛けるのと 最初の1〜2周目が肝です。ここを過ぎれば大分楽になります。逆に言えばここでてこずると先はありません。とにかく がんばって入れるしかありません。これを乗り切ったら後は香箱側を回転さて少しずつ押し込みます。 (香箱を立てにして、轆轤で湯飲みを作っている時の様な感じがやりやすいと思います。) 必ず底面に沿っている事、押し込んだスプリングの上面が面一になっている事を確認しながら行ってください。 1周分ぐらい入れたらその都度確認し、飛び出していたら大きいマイナスドライバーなどで軽く押してあげれば、この時点 では十分修正できます。後で気付いても修正は不可です。全てやり直しとなりますので注意してください。 奥のスプリングが入ったらセパレーターを入れ、手前のスプリングを同要領で入れます。深さが無いので、奥に 比べれば簡単に入ると思います。 香箱蓋をします。香箱はスプリングに押されて変形していますので、蓋をはめるときは手こずるかもしれません。 その場合はゆがんでいる方向を見極め、(たぶんフックのあたりが膨らんでいると思います)香箱を寝かせて体重を かけるようにしながら蓋をすると比較的簡単に入ります。大きな万力があれば一番ベストです。 蓋押さえのワイヤーをセットして完了です。 ☆グリスについて いろいろなグリスを試していますが、なかなかこれと言うものはありません。自動車用のエンジンオイルなども 試しました。ひとつ思うのは、「グリスはある程度の量が必要」と言う事。それはスプリングの開放をグリスの抵抗で 制御している部分があるのでは?と思われるからです。エンジンオイルのみで潤滑すると、結構ゴトゴト鳴りますし、 グリスが少なくても鳴ります。たっぷりグリスを入れ、隙間からはみ出して適量になった時が一番良いと思います。 オイルバスモーターの場合も常にオイルを送り込んでいますから、そのオイルが抵抗になりうると思います。 香箱を覆うようなオイルパンを作って常にオイル漬け状態であれば、オイルだけでも良好な結果を得られるのでは?と 考えています。 一度香箱蓋をせずにスプリングの動きを観察した事がありますが、決して整然と開放されるわけではありません。 特に2本ゼンマイの場合は、相互のゼンマイが影響しあって開放されていきます。つまり、上記で説明したように 綺麗に1本目→2本目と言う訳にはいかないのが実際と言う事です。 現在私は普通のリチウム石鹸系のグリスに少量のエンジンオイルを混ぜて使っています。(グリスの固着を防ぐ 効果が期待出来ます)チューブ入りではなく、ボトル入りのかなり固めのグリスです。新しいゼンマイは強力なので チューブ入りのグリスでは柔らかすぎ、あまり効果がありません。(逆にヘタっているゼンマイには柔らかめのグリス の方が良いと思います。) エンジンオイルのみが非常に良さそうでしたが、やはりダメでした。

Copyright2011 [ RYOU&AKIWAKE ] All rights reserved
Products by irodori akiwake